突然の訃報
東京でまだアマチュアだった頃、よくお世話になった人からこのブログへメッセージが届いた。
当時、私が一緒にバンドをやっていたベースの洋吉が19日に亡くなったと・・・。
詳しい事情は分からないそうだが、交通事故で車に跳ねられたらしい。
当時通っていたミュージックスクールの発表会があって、各自バンドを組まされたのだが、確かベースがいなかったか?もしくはヘタクソ過ぎて話にならなかったか?で、同じギタークラスの大学生で、顔の広かったかっちゃんに誰かベースを紹介してほしいと頼んで、紹介されたのが長崎出身、法政大学3年生で、私と同じ歳の洋吉だった。
結局その発表会バンドは、キーボードの片岡が上手いドラマー(島田)を自分の大学(日大)から呼んで来たので、リズム隊はスクール以外の外部メンバーで構成されていた。
考えてみれば、あのスクールにろくなリズム隊いなかったなぁー。
今思えば、どういう訳かバイブ(ビブラフォン)のお姉さん(スクールの生徒で年齢不詳)がいたりして、不自然で笑えるバンドだ。
発表会では、結構難しい私のオリジナルインスト曲を2曲演奏した。
その曲のイントロリフは、今でも風楽の曲で使い回している。
曲なんてのは、ちょっと聴こえ方を変えてやれば時代を超えて幾らでも焼き直しが利くから面白い。
それとも、あの頃から私の作曲センスが進歩していないだけなのか?・・・。
ん??、バイブのお姉さんがいたから今まで全く気付かなかったけど、考えてみればお姉さん以外はみんな私と同じ歳だったじゃないか!。
そんなバンドは中学生以来だ!。
発表会が終わって、燻っていた私の中のバンドマン魂(上京当初はプレーヤー志向だった)に火が点いてしまい、お姉さん抜きで歌モノバンドをやろうという事になって、スクール生徒だった福富(男Vo)を誘ってバンドをやり始めた。
ドラムの島田は一番の男前で、ドラムも上手かったが、プロ志向じゃなかったので音楽に対する考え方やバンドに取組む姿勢に摩擦が生じ、スグに脱退してしまった。
ドラマーを探す為、またかっちゃんに相談を持ちかけているうちに、ついでだからお前も一緒にバンドやろうぜ!ということになって、かっちゃん(G)とカボ(dr)が加わって”ササニシキ”というバンドが誕生した。
このバンドは、私が東京時代に組んだ最初で最後のアマチュアバンドである。
洋吉(Ba)が長崎出身、福富(Vo)が広島出身、私が兵庫出身、片岡(Key)、かっちゃん(Gt)、カボ(Dr)が東京出身。
私(フリーター)とカボ(予備校生)以外は大学生で、練習も大学の部室という正しくプロを夢見る学生アマチュアバンドだった。
私は大学では音楽活動が出来ず地元の姫路でやってたし、2年の前期で中退して上京したので、大学の記憶と言えば、下宿で麻雀ばかりして空虚な時間を過した印象しかなかった。
私にとってこのバンドこそが、子供の頃に思い描いていた夢や希望、退廃、自由、甘え、屈辱、挫折、友情、恋愛、信頼、裏切り、決断、それら全てが詰った学生から社会人への掛け橋=大学生そのものだったような気がする。
図書館へ勉強しに行くと嘘をついて家を出たカボが、昼頃私を起こしに来て、白い巨塔(再放送)を一緒に見る。
バイト先からくすねたパンを持ったかっちゃんが来て、じゃーそろそろ新曲の録音でもするか?。
終わったら、晩飯はかっちゃんの実家で食べさせてもらおう。
夜中、連絡がとれない洋吉のアパートへ様子を見に行ったら、電話、電気、ガス、全部止められていて、ローソクだけが灯っている。
そのくせ酒だけはちゃんと買っていて、もうすっかり出来上がっている。
お前大丈夫かよ!、終わってるな!、片岡は今日もバックバンドの仕事か?・・。
仕方ない、皆で誰かのアパートを襲撃しよう!、福富ん家は遠いからなー・・・近くに住んでる風呂付きの女のトコがいいな!・・・。
全くバカバカしくて貧乏臭い日々を送っていたものだが、アレを青春と言わずして何と言う?。
洋吉よ!あの世でもまだ酒に呑まれているようなら、お前とは死んでも一緒にバンドはやらんからな!俺が逝くまでにアル中治しとけよ!。
Naoki
当時、私が一緒にバンドをやっていたベースの洋吉が19日に亡くなったと・・・。
詳しい事情は分からないそうだが、交通事故で車に跳ねられたらしい。
当時通っていたミュージックスクールの発表会があって、各自バンドを組まされたのだが、確かベースがいなかったか?もしくはヘタクソ過ぎて話にならなかったか?で、同じギタークラスの大学生で、顔の広かったかっちゃんに誰かベースを紹介してほしいと頼んで、紹介されたのが長崎出身、法政大学3年生で、私と同じ歳の洋吉だった。
結局その発表会バンドは、キーボードの片岡が上手いドラマー(島田)を自分の大学(日大)から呼んで来たので、リズム隊はスクール以外の外部メンバーで構成されていた。
考えてみれば、あのスクールにろくなリズム隊いなかったなぁー。
今思えば、どういう訳かバイブ(ビブラフォン)のお姉さん(スクールの生徒で年齢不詳)がいたりして、不自然で笑えるバンドだ。
発表会では、結構難しい私のオリジナルインスト曲を2曲演奏した。
その曲のイントロリフは、今でも風楽の曲で使い回している。
曲なんてのは、ちょっと聴こえ方を変えてやれば時代を超えて幾らでも焼き直しが利くから面白い。
それとも、あの頃から私の作曲センスが進歩していないだけなのか?・・・。
ん??、バイブのお姉さんがいたから今まで全く気付かなかったけど、考えてみればお姉さん以外はみんな私と同じ歳だったじゃないか!。
そんなバンドは中学生以来だ!。
発表会が終わって、燻っていた私の中のバンドマン魂(上京当初はプレーヤー志向だった)に火が点いてしまい、お姉さん抜きで歌モノバンドをやろうという事になって、スクール生徒だった福富(男Vo)を誘ってバンドをやり始めた。
ドラムの島田は一番の男前で、ドラムも上手かったが、プロ志向じゃなかったので音楽に対する考え方やバンドに取組む姿勢に摩擦が生じ、スグに脱退してしまった。
ドラマーを探す為、またかっちゃんに相談を持ちかけているうちに、ついでだからお前も一緒にバンドやろうぜ!ということになって、かっちゃん(G)とカボ(dr)が加わって”ササニシキ”というバンドが誕生した。
このバンドは、私が東京時代に組んだ最初で最後のアマチュアバンドである。
洋吉(Ba)が長崎出身、福富(Vo)が広島出身、私が兵庫出身、片岡(Key)、かっちゃん(Gt)、カボ(Dr)が東京出身。
私(フリーター)とカボ(予備校生)以外は大学生で、練習も大学の部室という正しくプロを夢見る学生アマチュアバンドだった。
私は大学では音楽活動が出来ず地元の姫路でやってたし、2年の前期で中退して上京したので、大学の記憶と言えば、下宿で麻雀ばかりして空虚な時間を過した印象しかなかった。
私にとってこのバンドこそが、子供の頃に思い描いていた夢や希望、退廃、自由、甘え、屈辱、挫折、友情、恋愛、信頼、裏切り、決断、それら全てが詰った学生から社会人への掛け橋=大学生そのものだったような気がする。
図書館へ勉強しに行くと嘘をついて家を出たカボが、昼頃私を起こしに来て、白い巨塔(再放送)を一緒に見る。
バイト先からくすねたパンを持ったかっちゃんが来て、じゃーそろそろ新曲の録音でもするか?。
終わったら、晩飯はかっちゃんの実家で食べさせてもらおう。
夜中、連絡がとれない洋吉のアパートへ様子を見に行ったら、電話、電気、ガス、全部止められていて、ローソクだけが灯っている。
そのくせ酒だけはちゃんと買っていて、もうすっかり出来上がっている。
お前大丈夫かよ!、終わってるな!、片岡は今日もバックバンドの仕事か?・・。
仕方ない、皆で誰かのアパートを襲撃しよう!、福富ん家は遠いからなー・・・近くに住んでる風呂付きの女のトコがいいな!・・・。
全くバカバカしくて貧乏臭い日々を送っていたものだが、アレを青春と言わずして何と言う?。
洋吉よ!あの世でもまだ酒に呑まれているようなら、お前とは死んでも一緒にバンドはやらんからな!俺が逝くまでにアル中治しとけよ!。
Naoki

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