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zoom RSS 『急性大動脈解離』B

<<   作成日時 : 2017/03/24 14:09  

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今回は@http://uedanaoki.at.webry.info/201703/article_1.htmlの続き、入院手術までの記録です。

2017年1月13日
大動脈解離の説明は受けたものの、よく分からないままの入院となった。
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先ず、HCUという病棟の個室に3泊4日した。
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この病院はICUが無かったので、HCUの個室がICUの代わりだったんだろう。

**HCU(high care unit)とは?
ICU(intensive care unit集中治療室)と一般病棟の中間に位置する病棟で、ICUよりもやや重篤度の低い患者を受け入れる治療施設、手術直後の患者などを一時的に収容する所。

実はHCUにいた時のことは断片的にしか覚えていない。
あまり思い出せないのだ。

入った最初のうちは日赤で打ってもらったモヒが効いていたのか?計器の音が人の声に聴こえたり、メガネもかけていないのにやたらと人や物がクッキリ見えたり、頭が冴えたような、覚醒した感じだったのだが、窓ひとつ無い時計も無い(自分には見えない)殺風景な部屋で、携帯電話も無い食事もトイレも無い植物人間(身動き取れない)状態で何度も何度も寝起きを繰り返していたら、時間を始め色んな感覚が麻痺してきた。

終いには入れ替わり立ち代りやってくる看護師の顔すらマトモに見れなく(識別、反応出来なく)なって、全てがもうどうでもいいような、無気力放心状態になってしまった。
盛られた薬の成果なんだろう?
    
面会時間はごく限られていたのだが、2日目の夕方、ゆかが来た時にオレはうつろな目でじっとTV(サザエさん)を眺めていたらしい。
看護師が言うには、騒いでうるさかったのでTVを観させてました!・・・と、騒いでうるさかった???

ゆかがTV観てたん?と話しかけたら、急に我に返ったような感じででオレがTVなんか観る訳ないないやろ何訳の分からんこと言うとるんや大体何でこんな近くにTVが置いてあるねん邪魔やから退けてくれ!とブチ切れて怒鳴ったそうな?

一体何の話だ??オレはHCUでTVを観たことも、ゆかを怒ったことも、全く覚えていない!!
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HCUでは、仰向けでただ天井ばかり眺めていたような気もするし、早くココから出してくれー!!誰か助けてくれー!!アー!!ウー!!気が狂いそうだー!!寒いー!!などと叫んでいたような・・・それもこれも夢うつつ。

上の写真を見ても分かるように、入院生活の中でこの頃のオレは完全にイッてた!ようで、後から誰かにあの時、こうだったああ言った、と聞かされても全く覚えて無いこと、うろ覚えなことが一番多かった。

記憶が途絶える(時系列や因果関係が崩壊する)ってのは、ある種のSF経験と言える。
流れてる時空感が健常者(現実)とは異なるってことだ。
このHCU経験で、ボケ老人の感覚が何となく分かったような気がした。

ボケ老人は、言わば記憶の途切れたタイムリーパーだ!!
変なことを言い出したり、何も覚えてなかったり、既知のことを忘れてしまうのは、時空を旅してるからである。

1月16日(月曜日の夜)
一般病室が1つ空いた?(多分オレよりHCUの個室を必要とする患者が運び込まれた)ということで、一般病棟へ夜のうちに急に移動することになった。

元々個室を希望してたのに移されたのは4人部屋で、明日、新たに個室を用意しますので、とりあえず今晩はココで寝てください!と言われた。

装備が少し取れ(点滴1つ、計器1つが減った)て身が軽くなった。
一般病室内の木の温もり、漂う空気や人の気配、ベッド天井カーテンなど全てが温かく感じられて心が安らいだ。

例えるなら、長い間実験室に閉じ込められてた妖怪人間が、やっとの思いで人間(普通の病人)に昇格出来た時の喜びとでもいうか?・・・あー、生きてるって素晴らしい!!オレは遂にココまで来たぞ!!と、大声を出して叫びたいぐらいHCUを脱出できた喜びに浸っていた。

しばらくすると、斜め向かいのベッドで寝てるジジイのイビキが気になり始めた。
4人部屋だから出入り口も開けっ放しで、看護師が引っ切り無しに誰かの所へ出入りしててやたらと慌ただしい。

明日、検査を受けるらしい向かいのジジイが、下手クソな看護師に点滴の太い注射針を何回か失敗されて、イタイ!イタイ!こんな痛い目遭うんやったらもうワシはもう検査止めて帰る!!とゴネ出した。
ジジイが根負けするまで何人もの看護師が入れ替わり立ち代り説得にやって来てはジジイをたしなめる。
病院の心無い対応も酷いが、ジジイもジジイで往生際が悪過ぎる!!

あー、もうやかましいー!!全く落ち着かん!!全く眠れん!!
各ベッドはカーテンで仕切って視覚を遮ってるもんだから騒ぐほうは恥も無く、聞かされるほうはたまったもんじゃない!
こんな所に居たらまた気が狂ってしまいそうだ!!早く個室に移りたい!

1月17日(火曜日)
結局、まだ一般の病室が空いてないってことで、重病患者の様子見用の病室(個室)へ移された。
一般の個室と作りは同じだが、ナースステーションに一番近い場所にあるので外がいつも慌ただしくて騒々しかったが、昨夜の4人部屋に比べたら天国である。

午後に療法士がやって来てリハビリが始まった!!初日はただベッドに座って足を地面に着けただけだった。
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療法士というのは病院での役割や危険度、患者と共有する時間や治療内容がそうさせるのか?医師や看護師達とはちょっと違った雰囲気を持ってる。
親しみやすいというか?ユルいというか?、何となく世俗(外界者)の匂いがする。
病院の人間では、担当がずっと同じで一緒に居る時間も一番長い療法士が最も気の許せる話相手だった。

実際、看護師は基本医師の指示や病院の規則?に縛られて3猿(見ザル、聞かザル、言わザル)のように融通が利かないことが多かったが、療法士はどんな疑問をぶつけても主観や本音を交えながら知ってる情報をちゃんと教えてくれたし、分からないことは直ぐ確認しに行ってくれた。
病院、病気に関する疑問なら、療法士に訊くのが一番早い!!と思った。
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1月19日(木曜日)
リハビリ3日目で自立許可が出たので、やっとオムツが取れ、尿道管も外してもらった!!
これでようやく自力で用が足せる(オマル)ようになった!!
両足で立った時、人類として物凄い進化(病人として物凄い回復)に感動した!!
2本足で立つ!!ってのはやっぱり凄いことだったんだ!!
まるで赤ちゃんからもう1度やり直してるみたいだ!

因みに、尿道に入ってる管のことを療法士が”バルーン”と呼んでいた。
理由を聞いたら、どうやら差し込んであるのは単なる管ではなく、先っぽがバルーン(風船)のように中で膨らんで簡単には抜けない構造になっているそうな。
薬で錯乱した患者が無理やり引き抜いて、血まみれになってしまうこともよくあるらしい!!あー痛そう、恐ろしー!!

1月20日(金曜日)
やっと部屋が空いて一般の個室に入れた!!
場所がナースステーションから遠のいただけで、見た目変わった気はしないが、周り(外)が静かになったのでより個室らしくなった。

リハビリで自立歩行、デイルーム(談話室)まで往復(50mぐらい)した。
昨日までオレが居た部屋にはもう違う患者が入っていた。
重篤状態らしく、ドアは常に開けっ放しだった。

内緒だが、オマルを使ったのは最初の1日(19日)だけで、どの道歩いて便座に座るんだから、部屋のトイレに入るのも同じだろう?ともうオマルを使わずトイレに入っていた。
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手術に向けて、造影剤入りのCTスキャンをした。
CTスキャンは病室を出て1階外来用のスキャン室へ行くのだが、この日は運悪く最低の担当技師(3人一組)に当たってしまい、あまりの態度の悪さについ怒鳴ってしまった。

一般個室に移動して病状も少し安定してきたので、面会を受け入れた。
安定してきたと言っても午後と深夜は必ず高熱が出る。
起きた状態で調子良く人と話せるのは1日せいぜい1時間までだった。
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熱が上がってくると背中や腰が痛くなって、発作のトラウマなのか?過呼吸になる。
解熱鎮痛剤を飲む、もしくは座薬を入れてもらって、ただひたすら布団に潜り、汗をビッショリ掻いて熱を下げるのだが、同時に過呼吸を和らげる為、無意識に口から出て来る訳の分からない言葉を何度も何度も発し続けた。
まんずーまんずー!”
ハウアーユーハウアーユー!”
オーニーヘーオーニーヘー!”
プシューップシューッ!”
シャァーッシャァーッ
傍目にはもうただのキチガイである。
個室で助かった!とゆかが胸を撫で下ろした。

それにしても、HCU様子見個室一般個室と、看護師の対応(質?)が目に見えて悪くなっていく!!
それだけオレの病状も良くなってるんだろう?と言われればそうなのかもしれないが・・・

看護師は日々お世話になってはいるが大勢居過ぎて、担当も毎日変わるので取り付く島もない
結局退院するまで名前を覚えた看護師は一人も居なかった。
見た目インパクトの強い数名にあだ名を付けて呼んでたぐらいだ。
服の色や名札のマークで階級が細かく分かれていたようだが、老若男女以外は識別出来なかった。

何故初対面であんなに馴れ馴れしい口調なのか?いきなりタメ口利いてくる失礼な輩までいる。
そう接するように教育されているのか?
入院患者の中では、多分オレが一番若かった(老人だらけ)と思うが、オレより年上の看護師は居なかったはずである。
入院患者ってのは相手構わず”子供や老人と同じ”扱いなのか?
なんだか人間の尊厳を汚されたような気分である!!

言葉遣いそのものを批判してるのではない!!
オレは病気になってサービス(優しさや思いやり)に対して敏感になっているんだ!!
その馴れ馴れしい口調の裏に隠されたお前の本質(やる気や愛の無さ)ぐらい一瞬で分かってしまうんだよ!!
だからそういう看護師には、せめて言葉遣いだけでも敬意を払って人として丁重に扱ってもらいたい!!

はっきり言わせて貰う!!
労働に見合った報酬を得ているかどうかは知らんが、看護師の仕事の本質は技術ではなくサービス!(真心)である!!

部屋に入って来て、”植田さーん”と一声かけただけで、もうお前の正体は全部バレてる!んだよ!!
タメ口を利く資格のある(愛のある)看護師は、せいぜい4人に1人だった。

借りた車椅子を部屋に置いてたら、”使ったら直ぐ元に戻してもらわないと困る!!”と看護師が怒るんで、わざわざお母ん名義(介護用)でレンタルして家から持って来てもらった。
これで文句は無いだろう?と病室に置いてたら、それを見た療法士が何でそんな勿体無いことしたの?直ぐ戻せって?そんな話聞いたことが無い!一体誰がそんなこと言ったん?とびっくりしてた。

あまりにも看護師の態度や対応が酷かったので、この階で一番偉いやつを呼んで来い!!と怒ったら、腰の低い看護師長が飛んで来た。

ココの看護師は皆痴呆症かそれとも派閥か何かあって互いに嘘ついて足引張り合ってるのか?同じことを違うヤツが何度も言いに(聞きに)来たり、言うことがバラバラだったり、頼んだことがまるで放ったらかしだったり、一体どうなってんのや?

大変申し訳ありません!!今後そのようなことのないよう厳重に注意いたしますので!!
賢そうだが、若い連中にはナメられてそうなタイプ(凄みが無い)の看護師長を見てこりゃダメだ!と思った。
クレームを付けて以来、日中病室へは気の利くベテラン看護師しかやって来なくなってストレスは減ったが、深夜は相変わらずだった。

1月21日(土曜日)
手術日が決まり、病状や術式、リスク等、手術前の説明を担当医から受けた。
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入院してから大分日も経って、大動脈解離については個人的に勉強したので医師の言ってることは大抵理解出来た。
オレの場合、急性大動脈解離としては、色んなラッキーが重なって現状に至っていることや、そもそもこの若い医師が担当になったのがラッキーだった!ということも。

医術は日進月歩!!医師は技術と体力!!
今時、地位だけ高くなってる年配の医師に命を預けるなんて自殺行為だと思う!!
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1月23日(月曜日)
麻酔科医の説明を受ける。
通常のCTスキャン、レントゲン検査。

それにしても病院の飯が不味過ぎる!!
昭和の給食以下である!!
薄味とかいうレベルではない!!調理人はどういう味覚をしてるんだ?何故わざわざこんな不味い味付けをするんだ?何もせずに生で出したほうがまだ食えるぞ!!他の患者(老人)はコレをちゃんと食ってるのか?
だとしたらコレは昭和の老人食か?
結局食えたのは果物とデザート、パンと牛乳だけだった。
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あまりにも食べないでいつもほとんど残すもんだから、手術に向けて体力つける為にちゃんと食べれる好きなものを外で買って持って来てもらってください!と医師から指示があったほどだ。

1月24〜25日(火、水曜日)
手術(ステントグラフト内挿術)に向けての準備が始まる。
髭剃りシャンプー洗体剃毛、**スパイナルドレーン絶食浣腸等。
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**スパイナルドレーンとは、
大動脈手術では血流を遮断します。
血流が途絶えてしまう事で、脊髄に障害が発生して→脊髄障害→下半身対麻痺という合併症を引き起こしてしまいます。
そこでドレナージチューブを背中から挿入して脳脊髄液を排出させ、脊髄の圧力をコントロールして下半身麻痺を避けるというものです。

スパイナルドレーン挿入の為に手術室へ連れて行かれた。

手術室に入って先ず最初に驚いたのは、かなり大きな音量でBGMがかかっていたことだ。
それもK-POPだか?何語か?よく分からないダンスもんのうるさい曲で、ここはディスコか?全く!!

何じゃ?この音楽は?って訊いたら、有線です!!って言うんで、じゃあボサノヴァにチャンネル変えてくれ!!って言ったら、ボサノヴァって何ですか?と来た。
4人も居て誰も分からんのか?!もうええわ!じゃあこの音楽消してくれ!!
とてもじゃないがオレはドレーン挿入なんかする気になれない!!

処置をしてくれたのは医師なのか?技師?なのか?よく分からない救急処置室にいたような若い連中で、責任者っぽい野郎のかけてるメガネの縁がショッキングブルーだったのには一抹の不安を感じずにはいられなかった。

手術を受けるのは、小学4年生の時にやった盲腸の手術以来である。
あの頃とは随分時代も変わったんだな?オレも随分歳を取ったんだな?と改めて思い知らされた。

1月26日(木曜日午前9時半)
手術用の服に着替え、荷物をまとめていざ出陣!!
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術後はまたHCU直行なので、もうこの部屋に戻って来ることはない!!

Naoki


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