植田尚樹のブログってる場合か?

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zoom RSS 2011年、正月初ブログ。

<<   作成日時 : 2011/01/04 01:03   >>

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12月ライブの後、年末はずっと不調続きで体が重く、元気がなかった。
今年は寒さが厳しく、外に出かける予定もなかったので、レッスン修めの後は3日ほど掃除をして、部屋でゴロゴロしていた。

30日にライブスペースのステージで鍋忘年会をやった。
カーペットの上に和座卓を置き、座布団敷いたら、結構良い感じの宴会場になった。
この宴会場、今後も使えそうだ。

翌日、大晦日は何年かぶりに兄の家で植田家が集まり、皆でシャブシャブを食って年を越した。
家に帰ってからちょっと小腹が減ったので、残ってた年越し蕎麦を食ったら、お腹がパンパンになって動けなくなった。

不規則な生活で、胃のムカツキや眠気を食うことで誤魔化していたせいか?、どうも過食気味?(胃拡張)っぽい。
食い過ぎで体重もマックス状態だ。

でも、冬の減量は辛いので出来そうにない、春まで待とう!。
そもそも、寝起きの1食目が2日続けて鍋ってのもヘビー過ぎたな?。

元旦は朝方4時に寝たにも関わらず7時半にはパッチリ目が覚めてしまい、その後腹が減って眠れず、そろそろ家族も起きているだろうと9時半頃に内線電話で”食事の有無確認”をした。

息子が出て、”おせち料理がテーブルの上に並んでるから、食べられると思うで!”と言うので喜んで3階へ上がった。

早速いただこうと箸を割った瞬間、洗面所にいた妻が半裸で飛んで来て”何、勝手に食べようとしてるのよー!”(怒)。
凄い形相で怒られた。

”家は、元旦はいつも朝風呂に入って皆でお祝いしてから、おせちを一緒に頂くことに決まってるのよー!”(怒)。
そう言い放ち、風呂場のほうへ戻っていった。

へっ?、家って?どこの家?、皆って?誰のこと?、決まってるって?いつから??。
妻の勢いと、初耳な内容にポカンとしてしまった。

平然とTVを見てる息子に、”お前腹減ってないの?”って訊いたら、”減っとうで!”、と答える。
”じゃ何で食べないの?”って訊いたら、”母さんを待ってるから”、と当たり前のように言う。

息子はもう風呂に入ったようで、どうやら妻が風呂から上がって来るのを待ってるようだ。

じゃ、暇つぶしに”昨日録画して途中まで見てた、ダウンタウンの笑ってはいけないスパイの続き見ようぜ!”って言ったら、”そんなことしたらお母んがキレて面倒なことになる!”、と言う。

そうなのか?何で?と思ったが、ハラペコで頭もろくに働かず、面倒なので妻が食卓に着くまでじっと大人しく待っていた。

妻が風呂から上がって、あらためて明けましておめでとうございます(昨晩もやった)ってことで、やっと食事にありつけた。

ん?、良く見ると息子の前にはヤツの大好物のハマチの刺身が山盛り置いてあって、それを美味そうに一人でバクバク食っている。

私はハマチの刺身は好きじゃないので、欲しいとは思わなかったが、一応妻に、”何かオレにもないの?”って訊いてみた。

”ハマチが安かったのよー!、父さんは食べないからいらないでしょ?”。

”いや、そうじゃなくて、何かオレの好きなモン・・・刺身ならマグロ、他にコロッケとか漬物とかでもエエんやけど・・・”。

”マグロは高くて手が出せないのよー、コロッケは夕方はいつも売り切れてるしねー、漬物は父さんしか食べないから買うの勿体無いでしょ?、まぁ好き嫌いの多い人は仕方ないわねー”。

”そんな人間に育てた自分のお母さんを怨むことねー”、と言い日本酒をぐいっと一飲みした。

すかさず、息子も便乗して、”このハマチはオレのもんやからなっ!”と言いやがった。

・・・・。

星一徹なら、間違いなくココで食卓をひっくり返し、二人に”お年玉返して出て行けー!”と怒鳴るトコである!。

もう10年以上この類の食事に関する扱いを受けている。

最初は、私の食べられない光モノの魚(息子が大好物)を頻繁に出されて、食べたくないなら食べなくてもいいですよって感じだったが、お願いして、光モノ魚の日は私だけコロッケにしてもらえるようなった。

私がコロッケを食べていると息子もコロッケを欲しがるので結局、魚の日は、息子は魚とコロッケ両方が食える事になる。

私の好物のマグロの刺身の日は、大抵一緒にハマチや他の刺身も買って来て、マグロは三等分、他は息子と妻二人で分けて食ってる。

好きだった揚げ物も、息子が好きじゃない(妻は元々揚げ物が好きじゃない)から、滅多に出なくなった。

以前、大皿に盛ってあったマグロの刺身を息子と見苦しい取り合いをして以来、我が家ではおかずを各自均等に小皿に盛り分けすることが必須になった。
大皿盛り付け厳禁である。

そもそも、全部オレの稼いだ金で買ったモンやろがぁ?、毎月こづかいまでやってるのに、この扱いはなんじゃ!、とキレると、ファシズムだの、ヤクザだの、人権無視だの、虐待だの、セクハラだの、野蛮人だの、関西人だの、セコいだの、無教養だの、薄情だの、狂人だの、ボロクソに理屈で言い返された挙句、泣きながら諸悪の根源は、全部あの憎き姑のせいだ!と訴えてくる。

あなたや、あなたのお兄さんが異常なのは、あのお母さんのせいよ!、私は自分の息子をそんな偏った可哀想な人間にしたくない!。
と、まぁ植田母子まとめて狂人、変態扱いである。

確かに兄は半分狂っている(笑)し、母のご都合主義も、笑ってしまうぐらい徹底している。
三人の中では、長年に渡り妻に洗脳され続けた私が一番マトモだと思っているのだが・・・妻に言わせれば、皆似たり寄ったりらしい。

確かに三人とも偏っていることに間違いはないが、可哀想だと思ったことは一度もない。
それぞれ、”我が、まま”、に生きているからである。

むしろ、そんな偏っている人間に生活を依存して、決裂することも、協調することも、真っ向から勝負することも出来ないストレスだらけの日々を送っている妻のほうがよっぽど可哀想に思える。

食事の後、私が風呂に入っている間に妻はすっかり出来上がってしまい、新年風呂上りそうそう3時間弱、性質の悪い酔っ払いから散々お母んの悪口を聞かされるハメになった。

いつか殺してやるー!、呪い殺してやる!、クソババー死ね!、あんな極悪人見たことがない!、こんなに人を憎んだことはない!、私を苦しめる悪魔めー!、鬼、畜生!。
怒り、哀しみ、もう全ての負のエネルギーを吐き出すかの如く、すごい白熱振りである。

自分の母親を、ここまでボロクソに言われても平然としていられる私は変かも知れないが、何でその都度本人にはっきり主張出来ないのか?、何でそこまで良い人のフリをしてしまうのか?、妻の性格が哀れに思えてただ、そうか?すまんな、ご免、と謝り、出来るだけ母には関わらないようにしてくれとお願いするしかない。

どの道、お母んが死ぬまで面倒みることには変わりないんだから(笑)。

夕方、家族で初詣に行く予定だったが、友達から連絡が来て息子が遊びに出かけてしまった。

ベロンベロンに酔っ払ってる妻と二人で行くのは気が進まなかったが、妻が行きたいと言うので、総社へ行った。
この辺は小学生まで住んでいた地元で、懐かしい場所である。

車を停めた時には大丈夫だったが、参拝の長蛇の列に並んだ途端、すごい雪が降り出して来た。
車に戻った頃にはもう全身びしょ濡れだった。

帰って家でコタツに入っていたら、ウトウトして寝てしまった。
7時ごろ息子が帰って来て、起こされた。

”アレ?、母さんは?、晩飯の仕度はまだ?、今晩はスキヤキやろ?”。

そう言えば元旦はスキヤキするって言ってたな?3連荘で鍋か?。
しかし、妻が居ない、何処行った?。

どうやら雪で冷えて具合が悪くなり、自分の部屋で寝ているらしい。

ゴホッ、ゴホッ、苦しそうにセキ込む声が聞こえた。

”これ見よがしにパフォーマンスなんかしやがって!、ちっ、今晩はスキヤキ無しかよ!、全く!酒飲みオバハンの言うことはアテにならんな!”と息子がキレた。

”父さん何処か飯食いに連れて行ってよー”。

”分かった、その前に母さんの様子を見てくるからちょっと待ってろ”。

”うーっ、頭が死にそうに痛い!、喉も痛い!もう死ぬー!婆の呪いやー!、私をどこまで苦しめれば気が済む?”。

何とも情けない、自業自得の哀れな姿である。

風邪薬と解熱剤、胃薬を飲ませ、”治るまで寝てて良いよ!”と言って息子と晩飯に出かけた。

”オレ明日も明後日も、バイトで帰りが9時半過ぎるねん、スキヤキ明明後日にしてくれへんかな?”

”アホか!、あと3日も経ったら肉腐ってまうやろ?、明日バイト帰ってから食べたらエエねん!先にオレが肉食っといたるからなー!・・・嘘嘘、お前が帰って来るまで待っててやるがなー”(笑)。

しかし、よくよく考えてみると妻の話はおかしいことに気付いた。

家族3人で姫路に暮らし始めて14年ぐらい経つが、ココで3人で年を越したのは、親父が死んだ年、息子が幼稚園の時に風邪で入院して1回、小6の時(中学受験)、中3の時(高校受験)、と今年で、計5回目、それ以外の年はクリスマスが終わったら妻と息子は冬休みギリギリまで実家の宇都宮で過ごしてたはず。

私は、スタジオを2週間も放ったらかしには出来ないし、一緒に行くとなると交通費や何やらで更に5万円以上飛んでしまう。
妻の実家には息子の心臓病で生後2年間もお世話になったし、お互いに逢いたがっていたから親子旅行へ行かせてやる意味で冬休み(もしくは春休み)と、夏休み、計年2〜3回帰省させていた。

お陰でこれまでに泊まりの家族旅行は1回しか出来なかった。
お金がなくて、私もここから出るのに10年以上かかってしまった。
息子も高校生になり、妻の実家に何日も滞在したがるような歳ではなくなった。

考えてみれば長い間、私には正月らしい行事なんてなかったように思う。
いつもと何も変わらない、31日が、1日になるだけで何の特別感もなかった。
ただ、冬休みでしばらく仕事が休めるから楽だったし、特に寂しいとも思わなかった。

そう言えば、去年大晦日に紅白歌合戦を久しぶりに見て新鮮だったな?。
元旦は、いつも通り夕方過ぎに起きて、晩飯におせちを食ったような気がするが・・・。

思い出した!、妻と息子は昼間、友達親子と一緒に高校合格祈願に行ったとか、どうとか言ってたな?。
しかし全く、御利益なかったな?(笑)。

なるほど!妻の実家では、”元旦はいつも家族皆が朝風呂に入ってから新年のお祝いをして、母親が作ったおせちを頂くことになってた”のか?。

いずれにしても、正月に関わらず、昼間私が家に顔を出すとろくなことがないようだ!。


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